ばら色の日々 / 狂聡

20220723 issue

モブが出る話が含まれます。

初愛やさしい夜のひと生活と化けの皮、他

聡実くんが自ら媚薬チョコを摂取します。攻めフェラがあります。

遥か遠きベッドインへのプランニング

同級生パロがあります。

青い春の日々

Dom/Subパロがあります。
聡実くんDom、狂児がSwitchのため、狂児がSubとしてコマンドにて使役されます。

ユア・オンリー・スレイヴ

サンプルとして、同棲webアンソロに寄稿しました、「 生活と化けの皮 」の全文と、その続編の「 生活と人肌 」(書き下ろし)の一部を掲載します。

生活と化けの皮

 電車に乗り込みスマートフォンを開くと、狂児からメッセージが届いていた。今日の帰りは何時になるか、と。最寄駅までは乗り換えなしで三十分ほどかかる。腕時計を一瞥し、大体の予想で聡実が答えると、『ほな待ち合わせて一緒に帰ろ』と返ってきた。既に仕事を終え、スーパーへ寄り道しているところだと言う。ふたりが住むマンションの近辺にはスーパーが二軒あり、ひとつは駅に直結した大型商業施設内に位置している。今日はそちらに行くようだ。
『冷蔵庫がすっからかんやもん』と泣き笑いの絵文字が続く。先週の土日はふたりしてばたつき、週末恒例の買いだしには行けなかった。狂児はその後今週一度も帰宅していないし、聡実も気にはなっていたが、昨日まで営業時間内に会社を出ることすら叶わなかった。
 食材の買いだしにスーパーに寄ったなら、今日は狂児が作ってくれるのだろうか。朝昼晩コンビニと外食で済ませた空腹を、今日は手料理で満たせそうだ。
 礼を添えて了解の一言を送り、聡実は一旦カバンにスマートフォンをしまった。同じ家に帰るのに待ち合わせ。仲良しカップルみたいやん。勝手に評して、勝手に気恥ずかしくなる。まあ実際、自分たちはとても仲睦まじいカップルだという自覚はある。
 ふと目を遣った先、ちょうど停車した駅のホームが見えた。視界いっぱいにごった返すひとびとが映る。
 帰宅ラッシュ帯の午後二十時過ぎ。今日は比較的はやく解放されたほうだ。世間が決算期の三月、聡実が勤める法律事務所も多忙を極めている。日を追うごとに扱う案件は増えていき、パラリーガルの聡実も時々オフィスに寝泊まりする日が出てきた。今日やっとおおきい仕事がひとつ片付いたばかりなのに、すぐ次を積まれて、ちっとも山は崩れそうにない。とはいえひとつ区切りがついたので、今日明日ははやめに帰るよう指示を受けた。就職して一年足らずの新人には、物量は多く、内容は高レベルで負担大だが、その分有能な評価をされているようで、ありがたい話ではある。
 聡実は手すりに頭を預けて、目を伏せた。狂児との同棲は、三月の終わりに始まり、来週で一年を迎える。最初はお互い緊張して、ぎこちなく、一日一日が長く感じたけれど、過ぎてみればあっという間だった。なんとなしに、脳裏が一年を振り返り、記憶が瞼の裏に流れていく。
 いまの事務所で内定が取れてから、聡実は狂児に同棲の話を打診した。逃げ道をなくしたかった。どうせこの男はまた、「社会人になる聡実の人生」を慮るという大義名分で、姿を消すに違いない。逃してたまるか。そのためにいち早く、狂児には内緒で大阪での就活を始め、夏頃には内定を獲得した。このご時世、多くの企業が新卒選考の全工程をオンラインで行っている。第一希望だったいまの事務所も例外なく、エントリーから最終面接まで、ウェブで完結できたのが幸いした。
 東京で就職すると思い込んでいた狂児は、案の定自身の職業を盾に抵抗したが、聡実は更に言葉を上乗せ、一緒に住みたい一心で口説き落とした。就活の自己PRより、ずっとちからが入っていたと思う。
 物件は、賃貸サイトをいくつかあたって、ふたりで決めた。駅まで徒歩十分の2LDK、最寄りの路線と家賃、スーパーの立地で選んだ。狂児はあらゆる契約ができないので、聡実を世帯主として、大学の卒業式を終えて間もなく、引っ越しをした。
 聡実が強い熱意を持って同棲を推し進めたのは、他にも理由がある。生活リズムのずれだ。聡実は日中働き、狂児は二十四時間不規則だが、基本的には夜が主戦場になる。聡実が寝ているあいだに帰宅して、また出ていくことも多い。だからこそ、少しでも会える時間を確保したかった。
 やくざやし、しゃあないわな。わかっていたことであるので、聡実は文句もなにもなかったのだが、狂児のほうはじめの一、二ヶ月しっかり滅入っていた。ほんまにごめん、ひとりにしてごめん、こんなん一緒に住んどる意味ないやん……。謝りながら、次第に口調が愚痴っぽくなり、しまいには「ブラック企業ほんま嫌や。俺も九時六時で働く」と駄々までこねる始末だった。
「狂児さんも、そういうこと言うんや」
 明け方に呼びだされ、自ら着込むスーツを睨む狂児に、聡実は驚いた。寝ぼけ眼だった双眸を丸くして瞬く。
「……そら言いたいときもあるよ」
 我に返った狂児は、照れくさそうに視線を外した。
 意外だった。遠距離恋愛中は、そんな姿一度も見せたことはなかった。聡実が引き止めても「ごめんな」と手をほどいて帰阪していったし、逆に聡実が彼を残して、大学やバイトに行くにしても、ドライな態度だった。行ってらっしゃい、気をつけて、と素直に見送って終わり。初心者の聡実と違い、やはり経験豊富なおとなは、恋愛感情の扱いに長けている。
 子どもじみたことしてしもた。聡実が引き止めたのは一度だけだったが、ひどく後悔した。恥ずかしくて思いだしたくもない失態として、色濃く頭に刻まれたものだった。……でも、ほんとうは同じ気持ちだったようだ。
「ほんまは離れたくなんかないねんもん」
 けれど四十の半ばの男が、求めていい我儘ではない。二十五も下の恋人がやればかわいい仕草も、おっさんでは醜く見苦しい。奥歯を食い縛って堪え、年上の恋人の矜持にしがみつき、四年間必死に隠していたらしかった。電車止まれなんかの理由で休講しろと祈ったこともあるし、自分を置いていく背中を、抱きすくめて離したくなくてたまらなかった、と。
「さみしいねん。聡実くんがそばにおらんと、俺以外を選んでいってしまうん、嫌やった。いい年してんねんから、我慢せなあかんのやろうけど、しんどいわ」
 自分の感情を持て余すのは、子どもの頃以来だ。戸惑いを滲ませ、狂児は苦笑いで教えてくれた。
 さみしがりについてはもうひとつエピソードがある。物件探しのときのことだ。寝室ひとつと、個々の部屋が必要か不要かで、意見が分かれた。聡実も狂児も、ひとりの時間が要るタイプの人間なのは、四年の付き合いで重々わかっている。家賃は割高になるが、3LDKにして、別々の個室を持ったほうがいいのでは。聡実の提案に狂児は断固反対し、「ひとりになりたくても一緒におったらええやん」と暴論を言ってのけた。なんやねんそれ。
 しかし聡実も譲れないものは譲れない。話し合いに話し合いを重ね、家賃との兼ね合いもあり、間取りは2LDKで、ただし一部屋をカーテンで二分割することで、なんとか落着した。突っ張り棒とカーテンの設置は、背の順で狂児が行ったが、作業中ずっと文句を垂れていた。頑固め。
 よう考えたら、似た者同士やな、僕たち。歳の離れた末っ子同士で、我儘で頑固、且つさみしがりの要素は、ふたりして根っこにしっかり持ち合わせている。
 カーブに差し掛かり、レールが軋んで、車両が重力になぎ倒される。がく、と頭が揺れ、聡実は緩く瞼を持ち上げた。うたた寝していたらしい。あくびを噛み殺し、カバンを抱え直して、時計を見遣る。あと十分少々。
 同棲の選択は、聡実に確かな充足を与えてくれた。顔を合わせる回数は少なくても、さみしさはあまりなかった。一緒に住む準備をしながら、新しい一面を見出せたり、住み始めた家のなかでは、狂児の気配をたくさん感ぜられる。リズムは違っても、ここはふたりが生活を営む家だ。
 それに別の生きものが、互いの生活を擦り合わせれば、ときに影響し合う部分も出てくる。パートナー同士の仕草が似てくるのは、そういった変化によるものもあるだろう。狂児の生活の一端に触れ、聡実もまた、影響され染められた一部があった。
 我が家の冷蔵庫には、百均で用意されたちいさなホワイトボードが貼られている。しばらく帰れないとか、なにか買っておいたとか、お互い伝えたい一言を書き込むコミュニケーションツールとして活用している。知らないあいだに狂児が用意していて、用途を聞いた聡実はLINEで済ませればいいと懐疑的だった。けれど、使ってみると結構楽しい。手書きの文字は、デジタルよりずっと、相手の感情の機微や様子がわかりやすい。まるで肉声を交わす会話のように生々しく、ふたりの会えない隔たりを、上手に埋めてくれているように思う。ちなみに、ケンカした際の仲直りにも、役立っている。
 狂児の実家では、幼い狂児と、帰りの遅い父親や兄姉とで、チラシの裏を使った文通を、冷蔵庫上でしていたそうだ。成田家とは祭林組に入ってすぐ縁を切ったと言っていたが、過ごした日々は、彼のなかでしっかりと根を張って息づいている。彼自身とても大事にしているし、話を聞いて、聡実は宝物を分けてもらったような、まばゆい気分になれた。
 チラシと言えば。これも狂児のルーティンを真似て伝染った行動だった。ひとり暮らしのときには見向きもしなかったポストのチラシに、よく目を通すようになった。
 狂児は帰宅時に逐一ポストを覗き、チラシや街の情報誌にさっと目を通す。ピザ屋や、近所にオープンした店の広告、情報誌の飯屋のクーポンはたまに切り取って、保管している。貧乏だった部屋住み時代はかなり重宝していたそうだ。地位が上がっていくにつれ忙しくなり、疎かにしていたけれど、聡実とふたりで暮らしだして、復活させたルーティンだった。
 節約に協力してくれるわけか。極力対等でいたいので、家賃も生活費もぜんぶ折半、狂児が一円でも多くだすことを禁じたルールを決めたからだろう。聡実の給料に合わせると、彼の稼ぎに見合った生活には到底届かない。
 と思いきや、もともと節約気質のようだった。「言わんかったけど」と前置いて、狂児は重たげな口を開く。薬局やコンビニで貰うクーポンはわりと取っておくほうだし、アプリの割引サービスも活用する。ポイントは貯めて、二倍デーや三倍デーを狙って買いものをする。「これが結構貯まるねん。無駄に見えるかもしれへんけど、役立つよ」だそうだ。
 やくざの幹部はもっと金遣いの荒いイメージであったが――祭林組は現状、そこそこ稼ぎを上げている極道でもある――、結構堅実な暮らしをしていたのだと知った。自分の前では、一度もポイントカードなんてだしたことはなかったが。隠すことか? 憮然とした心持ちのまま、そうなんや、と相槌を打ったら、どう捉えたのかこちらを眺める狂児の視線が、むっと眇められた。
「ケチや思たやろ」
「は?」
 本人曰く、「貧乏くさ」くて「ケチな男や思われたなかった」から隠匿していたらしかった。
 そんなん、思いもせんかったわ。それよりも、隠されたことのほうが腹立たしい。聡実はありのままを晒けだして関係していたのに、狂児はしっかりこちらに見せる外面を選んでいたわけだ。四年間も。ずるい。
 四年のあいだ、見せてもらえなかった顔は、まだ存在する。チラシの習慣のように呆れてしまうものもあれば、とりわけ未だに思いだすと笑ってしまうのは、……そうだ、ごはんの量だ。
「狂児さん、これ、使う?」
 食器はお互いの持ちものを持ち寄って共有する予定だった。聡実が持ち込んだ食器類を荷解きしていると、ひとつの茶碗を見つけた。蒲田のアパートに狂児が泊まった際に使っていた、成人男性向けの茶碗だ。一応持ってはきたけれど、使うだろうか。
 訊いた瞬間、「アッ! せやった!」狂児は額に手を当て仰け反った。ぼやいたのち、自分のダンボールを咄嗟に漁って、深々と頭を下げてきた。
「聡実くん、ほんまごめんなさい。これでお願いします」
 取りだされた茶碗は、聡実が見せたものより、二回りほどちいさかった。小振りの、いわゆる女性用として売られているサイズだ。彼の手がおおきいのもあって、一際ちいさく見える。
「え、なにそれ」
「……ほんまはこれが、俺が家で使とったやつやねん」
 崖っぷちに追い詰められた犯人のように、狂児は渋い顔で細々と述懐した。少食体質で、特に米は腹にたまりすぎること。聡実が家に来たときは、男性用の大振りの茶碗で一杯分食べ、実はかなり胃がきつかったこと。ほんとうはこのくらいの、少なめで充分であること。
 そのあと夕飯で、早速狂児なりの適量を注いでみせてもらった。聡実からすれば小腹にもたまらないような少なさだった。そんなんでええの、と確認すると、充分満腹です、となぜか敬語で返る。これで腹いっぱいなら、いままで相当無理して食べていたのでは。これは見栄張るところとちゃうやろ。呆れを通り越して笑えてきて、しばらく収まらなかった。
 他には、祖父に聞いた迷信を鵜呑みにして、長生きのために爪は朝にしか切らないとか、白湯が好きで毎朝必ず一杯飲むとか。やくざなんて刹那的な稼業をやっているわりに、狂児は案外人生に対して真摯でいる。白湯については、寝起きのコーヒーと一緒に作るときもあって、聡実もすっかり作りかたを覚えてしまった。
 ホワイトボードでも筆圧が強くて、ごはんはちょっとでよくて、願かけをするくらいには聡実との人生を長く続けていきたくて、あとはやっぱりさみしがり。東京大阪の六百キロ間に置いていかれた一面が、同棲とともにつまびらかになっていく。ほんとうに、隠す必要なんてなかった。なにせ発覚するたび、聡実の彼へのいとおしみは、体積を増していく。
 間もなく、と最寄駅の到着するアナウンスが流れる。電車の速度が緩やかに落ちる。ドアが開き、流れ出る人流に乗って聡実も下りて、改札にICカードをかざした。足取りが、少しずつはやくなっていく。なんだか浮かれて収まらない。
 最寄りに着いたと連絡しなければ。LINEで済むけど、電話してまおかな。聡実はスマートフォンを取りだすべく、カバンのポケットに手をつっこんだ。同じポケットにしまわれたキーケースに、指先が触れる。不思議と口端がたわむ。狂児も同じものを持っている、ふたりの家の鍵。――狂児と僕の、家。
 駅着いたよ、買いもの終わったん、ほなはよ帰ろ。口のなかで、気持ちのはやりが言葉を捲したてる。聡実は指を滑らせ、一生涯のパートナーへ、緑色のボタンをタップして、発信した。

生活と人肌 / ※書き下ろし

 ふたりは家事に当番制を設けていない。特に狂児が不規則な勤務体系のため、決めたところで守れないからだ。気付いたほうがやる。やれるほうがやる。済ませたことは冷蔵庫のホワイトボードなどで、報告・共有する。聡実も狂児も几帳面で気がつく質なので、いまはこれでうまく回っている。
 明確な役割分担がないことは、いくら気の回る性分でも、ふたり暮らしにおいて、ときに揉めごとの火種になる。狂児と聡実のあいだにも起きた。ただしやりすぎるほうが不満を垂らすのではない。
 たとえば生活必需品、トイレットペーパーやら洗剤やらの消耗に気付くのは、狂児のほうが圧倒的にはやい。落ち着かないので、可能であれば当日か翌日中には買ってきてしまう。もしくは聡実に購入依頼をする。
 狂児にはいわゆるA型らしい神経質……細かい部分があって、減ったものを放っておけない。ストック数を決めて、基準値より減少したら即日補充。収納方法そのもので、ひと目で在庫数がわかるようにしておく。成田家がこの管理方法を採っていて、母が妙に細かかった。顔のつくりとその部分を、狂児はしっかり母から引き継いだらしい。ヒモ時代には住まわせてくれた女たちに喜ばれ、部屋住み時代も事務所の掃除や備品補充は自分たち下っ端の仕事のうちだったので、とても重宝した。
 加えて十代で家を出て、ひとり暮らしの経験年数を通算すると、聡実の年齢と並ぶほどになる。狂児が先行するのもむべなるかな、大体自分も消費したものであって、気付いたほうがやるのがふたりのルールだ。不足を見つけて反射的に買うだけで、狂児に不満も苦もなにもないのだが、聡実は気になるらしかった。
 ふたり暮らしを始めて間もなく、追加された消耗品を見つけるたび、「また狂児のほうがはやかった」と悔しそうな、落ち込んだぼやきを耳にした。深く考えもせずに、たまたまやから、と宥めていたら、「あかんなあ、僕」と今度は自身を貶め責め始めた。ああ、しまった。たまたまだって連続したら、自分の鈍さに疑念を抱き、気落ちもするだろう。家にいる時間は、聡実のほうが長い。生真面目な彼なら尚更。
「ごめん、言い方悪かった」
 反省した狂児は即座に聡実と向き合い、しっかり時間を割いた話し合いを切りだした。
「聡実くんが鈍いとか、あかんとか、そういうことは一切ないねん。俺の癖って言うか、気にしいなだけやねん。あとこれでも一応、きみより二十五年長く生活しとるから、年の功もあると思うけど」
「でも狂児ばっかりに負担かけたらあかんやん。年下やからって。もし僕が狂児やったら、僕のこと『鈍いやっちゃな』ってだんだん呆れてまう。もっと気が回るべきやろ」
 四半世紀の年の差は、時折自分たちの関係をおおきく軋ませる。聡実が気にするのは、甘える度合いだ。年上が年下の甘えっぷりに苛立つ典型とは真反対で、聡実は聡実自身の若さに腹を立てる。末っ子らしく、甘えたがりの部分もあるけれど、聡実は基本的には真面目なしっかりものだ。狂児と同等でいたくて、甘えたくないと背伸びする。そうでないと嫌気をさされると思っている。
 狂児はすぐに否定した。
「負担とちゃうよ。呆れもせえへん。聡実くんかて、いろんなことに目がいくやん。適材適所、ネ」
 いつどの時間に帰っても部屋はきれいに整頓され、高い頻度で掃除されている痕跡がある。蒲田の四畳半に住んでいたときもそうだった。就職して、慣れない環境に忙しいだろうに、ゴミがたまっていたことなど一度もない。
 他にも狂児が疲れきって、適当にハンガーにかけたスーツは、クリーニングにだしておいてくれる。ベッドのシーツや枕カバーも、適宜交換して洗濯してくれているし、狂児が健康に気を使って飲み始めた野菜ジュースは、飲んでいる張本人より、彼のほうが減りに敏感だ。聡実が思うよりずっと、お互いにフォローし合っての生活になっている。
 本音を言うなら、呆れるなんてもっての外だ、嫌気なんて微塵もない。むしろどんどん甘えてほしい。ぜんぶ自分でもいいのだ。買いものも、洗濯も、掃除も、すべて狂児がやって、聡実に奉仕したい。現在の仕事柄叶わず、自立を尊ぶ聡実の性質とは正反対の夢のため、こころの奥底に沈めている。

(後略)